『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』★7

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『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観た。完全にファン向け後日談で、一般向けとしては正直厳しいところがあると思う。だけど個人的にはクライマックス以外はとても楽しかった。レア・セドゥとアナ・デ・アルマスは超良かったので観る価値はある。キャリー・フクナガ監督は賛否が分かれそうだけど、海外ドラマのようにゆったりとしながら着実に観る人を引き込む手腕は個人的には好きだった。

以下、ネタバレしつつ書くので、観ていない人はスルーしてください。

 

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『ノー・タイム・トゥ・ダイ』(以下NTTD)はダニエル・クレイグの『007』シリーズの中で言えば、おそらくは5本中4番目の出来で、おそらくは『慰めの報酬』よりは良いけど『カジノ・ロワイヤル』よりは良くないという微妙な立ち位置になると思う。そしてそうなってしまった大きな原因を考えると、やはり『NTTD』は作るべきではなかった。『スペクター』で終わらせるべきだった。

『NTTD』が成し遂げたことは、ジェームズ・ボンドというキャラクターを殺し、前作の悪役でありシリーズの黒幕だったブロフェルドを矮小化し、マドレーヌというヒロインをいたずらに苦しめただけだった。それは4人の脚本家とそれにGOサインを出した制作会社の責任だと思う。

ただ、あくまでそれは結果であり、過程だけを見れば決して悪い作品だとは思わない。むしろ『スカイフォール』や『スペクター』という大傑作を作り出したダニエル・クレイグジェームズ・ボンドの世界観に対するご褒美ではないかと思える。

この作品が目指そうとしたものは何か、それはジェームズ・ボンドを人間にすることだ。諜報員ではなく一般の市民、完全無欠の男性ではなく欠点だらけの父親にするという、かつての「007」には許されなかった冒険を「NTTD」に挑んだ。

今作のボンドは猜疑心に苛まれ、愛した人を無残に捨て、友人を失い、復讐心に駆られた。はっきり言ってそれはジェームズ・ボンドのやることではない。しかしダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンドをただの人間にした。子供のために土下座をし、自らの犠牲を払うことで世界を救った。これはもうヒーローでもスパイでも何でも無く、ダニエル・クレイグがただの人間に戻るための後日談にしか見えなかった。

だからこれは僕が観たかった『007』最新作ではない。でも困ったことに、僕はこの『NTTD』を楽しんでしまった。墓参りして殺されそうになるボンド、いきなり父親になるボンド、最高に美しいCIAエージェントの前でちょっとかっこ悪くなるボンド、復讐を果たすボンド、クソダサい死に方をするボンド、すべてが超おもしろかった。映画としてはあまりおもしろい作品ではないが、僕が観たかったジェームズ・ボンドをこれでもかと描いていたのはとてもよかった。

ただ、一番おもしろかったのは、ボンドの娘を誘拐しておきながら、特に意味なく開放してしまうラミ・マレックなのだが。あの意味不明な行動と寂しそうな表情があまりにも不可解で、それが滅茶苦茶おもしろかった。